2006-07-01から1ヶ月間の記事一覧

真の他愛主義は、虚栄心と絶縁していなければなりません

真の他愛主義は、虚栄心と絶縁していなければなりません。この格言が実行されることが多ければ、成果はそれだけ大きなものになりましょう。

受動的になる

もしかりに、私の想念を読むことができると考えてごらんなさい。私があなたに想念を差し向けるのではなくて、あなたが受け身な気分になっていれば? それは部分的には意志の努力によってできます。

愛は自他に迷惑をかけない限り、すべてのものを浄化します

愛は自他に迷惑をかけない限り、すべてのものを浄化します。だが、迷惑を気にしないなら、あなたは本当に人を愛していないことになるんですよ。

無限の永遠の領域に出てごらんなさい

我々のまわりには幸福なすばらしい世界があります。心の窓を開いた者には知覚されますけれど、心の窓を閉ざした者には閉ざされている世界です。閉ざされた心は不幸を感ぜざるを得ないのです。小さな領域には無数の人間的悲哀がごった返しています。しかし無…

愛することはあらゆる感覚の中でもっとも快いもの

利己主義と非利己主義は意味がはなはだ曖昧なまま使い古された言葉です。利己主義とは心を己自身に中心化することであり、愛するとは心を己以外の誰かに中心化するばかりでなく、同時に己自身の一部を他の存在に、愛を差し向ける存在に与えることです。それ…

他人に対して愛を感じること自体が善行なのです

愛なくしてなされた善行は値打ちが乏しいのです。これに反して他人に対して愛を感じること自体が善行なのです。飢えた魂に対する食物になります。

愛こそ牽引の原理であり、世界でいちばん重要なものであります

愛というものはそんなに変なものでしょうか? 愛こそ牽引の原理であり、全宇宙はひとえに愛にかかっていることを考えますと。これが愛が世界でいちばん重要なものである理由です。

愛は真面目さに取って代わります

真面目さは、長ずるにつれて自然に備わります。現在でも性質の中に愛すべきものがたくさんありますので、おっしゃるような真面目さがなくても幸福なのです。愛は真面目さに取って代わります。

人生はふざけたものであるから、あまり堅苦しく考えてはならぬ

昔、たいへん賢明な人が、人生はふざけたものであるから、あまり堅苦しく考えてはならぬ、と言いました。あなたはきっとこの格言の深い意味が分かるでしょう。で、その通りに生きて行きましょう。

虚栄心を殺し、道徳的勇気を発達させることです

愛情を培うために、愛すること、上手に愛することを覚えなさい。その結果、世間が何と言おうと気にしないことを学びなさい。虚栄心を殺し、道徳的勇気を発達させることです。

おのが生命を救わんと思う者はこれを失う

魂を癒すことが問題になるとき、我々は外界に迷っている人々に対して、いわば苦い薬をすすめざるを得ないことがしばしばです。世間の人は実際、薬草屋の店の中を歩き回る子供のようなもので――無分別な心で薬草を一つ一つ味見し、甘いか苦いかによってこれは…

プライドというものは本当に幻想に過ぎません。

プライドというものは本当に幻想に過ぎません。プライドを持つ人はほんのつまらぬことにプライドを貼り付け、もっとも良く使えるときに脇に置いたままです。あなたは他の多くの人のように、はっきり言う代わりに隠すことにプライドを持ち、暖かい心の代わり…

完全な健康は最高の至福にとって欠くべからざるものである

もしあんたの身体が腐っていれば神意識をもつことは非情に困難なんだ。完全な健康は最高の至福にとって欠くべからざるものであるだけでなく、神の属性でもある。病気している神! 惨めな神! 泣いている神! なんて考えられるかね?

欲望の満足を妨げる障害物ほど欲望そのものを増大させるものはない

(愛人を作った妻を許せず追い出してしまった夫へ Part3) 妻に宝石や高価な衣装を与えるように、愛人を認めるのと、妻がすでに情事に入っているときに妻を許し、その行為を大目に見るのとはまったく別のことです。というのは、もし妻に情事の対象を放棄する…

愛する人に対して最善、真実にふるまう人はつねに勝利します

覚えておかれると良い。妻に対して最善、真実に振舞う夫はつねに勝利します。愛人は諸般の事情によって来たり帰ったりする不安定な代物ですから。長い交際、共感と理解とに基づいた真の夫婦の友情は永久に続きます。

名誉とは虚栄心の雅名に過ぎない。

名誉とは虚栄心の雅名に過ぎない。

ほとんどすべての苦難の元は所有の感覚あるいは私のもの、私をという感情です。

(愛人を作った妻を許せず追い出してしまった夫へ Part2) ほとんどすべての苦難の元は所有の感覚あるいは私のもの、私をという感情です。あなたの場合は疑いなくこれに該当します。多くの他の場合もたいていそうなんですが。というのは心の中であなたは自分…

なにゆえ他人の弱点を非難しながら、許すことをできない自分の弱点を非難しないのです?

(愛人を作ったことを打ち明けた妻を許すことができずに追い出してしまった夫に対して――その夫はまだ妻のことを愛していた) あなたが妻と恋に落ちたとき、あなたが真っ先に事情を打ち明けたのは、あなたの一番良い友達だったのですね? その友達の所に行っ…

死後の世界では、評価されるのは愛だけです。

肉体が棄て去られると、もちろん食うことや飲むことはありません。数に入るのは愛だけです。地上に住んでいて人を愛さないでいることは、死んだ後に人間につきまとう不運なのです。人を愛さない信条は、ありとしあらゆる信条の中で最悪のものです。死後の存…

あなたの愛する人に、他人の愛情、思想・行動の自由を許すのです

あなたがあなたの愛する人を本当に愛しているならば――その人の幸福を第一に望むなら――その人に他人の愛情を許すことです、思想の自由を許すこと、さらに行動の自由を許すこともです。要するに、その人自身のやり方でその人自身の幸福をかちとることをあなた…

あまりに強要されるとき、人々は自己防衛のためにうそをつくものである

欺瞞は、あまりに多くのものを強要されるとき、人々が自己防衛のために採用せざるを得ない武器なんですよ。そのため、相手の許容量をよく観察することが大切です。

あらゆる罪は誤った方向に幸福を求めることに他なりません。

罪は子供じみていることの一つの形態です。それは霊的幸福にいたる近道ではなくて、まわり道です。しかし子供を子供であるという理由で非難できますか? 無知な子供は指を火の中に突っ込んでやけどをします。子供は誤りを犯し、苦しむことによって教えを学び…

完全な愛と完全な寛容とは分かつべからざるものです。

完全な愛と完全な寛容とは分かつべからざるものです。いかなる人も真に人を愛しながら、同時に非難の感じを持つことはできません。それは矛盾です。非難の感情はいかに微細な瞬間的なものであっても、憎しみの感情にほかなりません。

完全に寛容な人間は人を許す必要がない。

説教の上では許しがひじょうにたくさん語られているが、寛容についてもっと多く語られていたなら、許しは必要でなかっただろう。説教者が人間の行いを理解しているのであれば、完全に寛容な人間は人を許す必要がない。というのは彼の人間に対する態度全体が…

神を愛することは無条件的愛と一つになること。

神を愛することは人間全体をも必然的に抱擁することになる無条件的愛と一つになることです。なぜなら人間自体が神の一部なのであるから。 『汝ら互いに相愛することをせば、之によりて人みな汝らの我が弟子たるを知らん』

神は愛なり

『神は愛なり』 それゆえ、より多くの愛をあなたの魂の中に許容すればするほど(いわば培養することによって)、あなたはより多くの神を顕現することになり――それだけ多くあなたは神とともにあるのです。

我々の見通しには誤っていることもあるので、謙虚になり、心を開けておく

演繹的推論と心霊的予知はまったく誤りのないものではありません。たいそう喧嘩好きな犬を連れて散歩に行くとします。遠方に他の犬を見つけたので、闘いの起こることをかなりの確信をもって予知しても、結局何ごともなく過ぎてしまいます。十の事物がそれが…

真に愛すべきハートは知識への道に対する必要条件のすべてであります。

真に愛すべきハートは知識への道に対する必要条件のすべてであります。

時間と志があらゆることを達成します。

時間と志があらゆることを達成します。

何ものもそれ自体人を困惑させるものはありません。

何ものもそれ自体人を困惑させるものはありません。成熟した人間は子供を動転させるもので、動転させられることはない。大人は子供より無条件的幸福に一歩近づいているのだから。人間の心を内なる幸福と同一視し同一物たらしめれば、地上のいかなるものも人…